雑記卷
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目次
その1 最初の話
その2 カタチをきれいに並べてみたい
その3 とりあえず並べてみる
その4 G.D.Birkhoffの審美測度
その5 離散的構造の不変量
その6 そもそも色鉛筆は並ぶのか?
その7 複雑さでもう少し…

タングラムの発祥


 タングラムはもともと中国生まれ。三角貿易の頃という、学生時代に世界史で習うような中昔にヨーロッパやアメリカに広まって一大ブームを巻き起こしました。それからおよそ2世紀経った今でも、日本を含めて世界中で広く親しまれています。今日では数学の幾何の教材としても名前が知られています。

 タングラムは、郷里中国では「七巧板」、そのシルエットは「七巧図」と呼ばれています。現在見つかっている最古の文献は1813(嘉慶18)年に桑下客の記した『七巧図合璧』ですが、その序文に従えば七巧図の本は既にそれ以前にも出ていたようです。中国のものではもう一つ、1870年頃かそれ以前に秋芬室という女性によって編纂された『秋芬室七巧八分図』も有名です。これには16のテーマに章立てされた1700以上もの問題が6冊に渡って収められていて、恐らく現在まででも最も凝ったタングラムの出版物であろうと言われています。しかしこの七巧板、長いこと単なる女性や子供の手遊びとしてあまりまともに扱われる事がなかったためなのか、起源についてはよく分っていないのだそうです。

 七巧板がヨーロッパに広まったのはちょうど『七巧図合璧』が刊行されたのと同じ頃で、ヨーロッパでは1817年にイギリスで発行された『Chinese Puzzle,with Cards,shewing how many distinct Objects may be formed by Seven Geometrical Pieces』が最初のタングラムの出版物だといわれています。その後1820年までには西欧諸国やアメリカでもタングラムの本が次々と出版されました。それから後も、新しい問題が絶えず作られ、タングラムセットも売られ続けて、19世紀の終わりにはタングラムが元来西洋のものだと言ってもおかしくない程に定着したのだそうです。
 歴史上では19世紀半ば、ナポレオンの帝政が終焉を迎えるという大きな出来事がありますが、セント・ヘレナ島に幽閉されたナポレオンもこの唐渡りのパズルと共に時を過ごしたという伝説が残っています。あと有名なところではルイス・キャロルやエドガー・アラン・ポーがタングラムに興味を寄せていたと言われています。

 タングラムという名称は1800年代の初めに七巧板がヨーロッパへ渡る時に付けられたものですが、一体このタングラム:tangramという言葉がどこからきたのか、確固とした資料はなく、さまざまな説が存在しています。普通は、中国(唐:618〜907AD)を表すT'angと、「描かれたもの」という意味の名詞をつくる接尾辞-gramを組み合わせた造語だといわれています。その他に込み入った仕掛けやパズルを意味する英語の古語「trangam」に由来するという説、或いは広東の「タンカ」と呼ばれる人々に由来するという説がまたよく挙げられています。中にはタイル屋のタンさんが誤って手を滑らし、床に落ちて割れたタイルの破片の形から生まれたから、というのまでありました。「タンカ」説についてはうまく史実をとり込んでいて、概要は次のようになります。
 1800年頃の中国は清朝の時代ですがかなり衰退が進んでおり、イギリスとの三角貿易がやがては1840年のアヘン戦争に発展するというあたりの話です。この頃の中国は貿易に厳しい制限を敷いていて、外国の商人が取引きできるのはごく狭い範囲の人々との間に限られていました。広東の河の民「タンカ:Tanka(または簡単にTan)」は、取引きできる限られた人々の一部だったのですが、彼らは伝統的に船の上で寝食を営んでいて、「タンカ」というのはその船の名前でもあります。タンカは女性が漕いでいることもあり、異国の船乗りをもてなしたりもしていました。そこで遊ばれていた七巧板を船乗りが欧米に持ち帰り、それが「tanka-game」、転じて「tangram」として広まったのだ、ということです。

 ところで、元々の七巧板の起源については先に書いたようにはっきりとは分らないのですが、「七巧板」の「七巧」というのは周の時代(740〜330BC)から伝えられている七夕の習慣(7月7日に7つの目のある針に糸を通すと幸せが訪れるというもの)に由来する言葉なのだそうです。なので一時はその起源が紀元前にまで遡るのではないかと考えられていましたが、今ではだいたい18世紀あたりだろうというところに落着いているようです。そして、宋(960〜1127AD)代の黄伯恩燕几、明(1368〜1644AD)代の蝶几あたりが現在の七巧板の前身であろうと言われています。蝶几は正方形を切り分けたような13隻のテーブルの組で、配置によって様々な形にすることができました。

 タングラムの起源についてはその他に1903年にSam(uel) Loyd(サム・ロイド)の『The Eighth Book of Tan』が出版されて、かなりのセンセーションを巻き起こしています。その本によれば、タングラムの起源は4000年以上もの昔に遡ることができ、前の7冊の「タンの書」には創世や進化の過程が7つのステップに分けられてタングラムで記されているのだそうです。後々これは悪い冗談だということが分るのですが、タングラムの本としては500を裕に上回る豊富かつハイセンスな問題を収録しており、また、H.E.Dudeney(ヘンリー・エルンスト・デュードニー)とともにタングラムのパラドクスというアイディアを導入した記念すべきものでした。



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アンカーパズル


 タングラムをはじめとしたシルエットパズルには実にさまざまなものが販売されていますが、その中でもアンカーパズルの名前を一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 アンカーパズルの発売元は、ドイツのリヒターカンパニー(F.Ad.Richter & Cie.)という会社なのですが、もともとパズル屋さんというわけではなくて、石造建築物のミニチュアを作る模造石ブロック(石積み木)を販売していた会社でした。そちらの方は大事で、その石積み木は見た目に美しいだけでなく歴史的にも意義深いらしく(*)ミュンヘン公立美術館やルーヴル美術館にも陳列されていたそうです。そのリヒターカンパニーが19世紀の終りにトレードマークを栗鼠から錨に変え、新しくレパートリーに加えたのがタングラムをはじめとしたシルエットパズルでした。これが石積み木と並んで非常に評判が良かったようで、かなりの種類(少なくとも35種類)のシルエットパズルが、アンカーパズルとして日の目を見ることとなったようです。魔法の卵こと「コロンブスの卵」もこの時期に生まれたとされています。19世紀末というとあまりピンとこないかも知れませんが、ピカソやムンクが存命でしかもまだ若かった頃のことだと思えば少しは時間の隔たりが実感できるかも知れません。

リヒター氏 (*)…「積み木」の発想は、幼稚園(Kindergarten)の生みの親であるフリードリヒ・フレーベル(Friedrich Froebel)によります。多分何かしら経験があるように、主に建造物を作るいわゆる「積み木」ですが、当時は建造物が石造りでしたので、「石の感触を持ちながら遊具に適した素材を人工的に造成できないものか」と考えてその技術を模索し、実現したのがあの飛行研究家オットー・リリエンタール(Otto Lilienthal)と建築家のグスタフ(Gustav)でした。さらに事業家のフリードリヒ・アドルフ・リヒター(Friedrich Adolf Richter)の先見の明により、現在に到る長い支持を得ることになるアンカー石積み木が生まれたという経緯があります。

 アンカーパズルは今でも新しく作られ販売されていますが、実はリヒターカンパニーそのものはもう存在していません。リヒターカンパニーは世界大戦を二度も経験してなお健在だったらしいのですが、第二次大戦後にドイツが西と東に分けられてしまうと、東ドイツ政府から製造停止を命じられて、あえなく会社は解散してしまいます。製造停止の理由が何だったのかは知る由もありませんが、会社の沿革を読んだところでは、「ミニチュアの石造のお城や教会がよからぬ結社を生むキッカケになると判断されたのかも知れない」と述べられていました。
 ところが、会社は無くなってもアンカー石積み木が人々の間から忘れ去られることはなかったらしく、1979年にはアンカー友の会(でいいのでしょうか:Club of the Anchor Friends)がアムステルダムで発足されています。
 1990年にベルリンの壁が崩壊すると、その4年後の1994年には有限会社モデルバウシュタインシュピール(Modellbausteinspiel Ltd.)が、リヒターカンパニーの発祥地であるルドルシュタット(Rudolstadt)に設立されて、アンカーブロックが再び生産されるようになります。復刻されたアンカー石積み木は当時のままの製法を受け継いでいて、各方面で評価が高いらしく、いろいろな賞を受けていました。2000年には社名がその名もアンカー石積み木(Anker Steinbaukasten)へと改められて、そのまま今日に至っています。

 もちろん、石積み木とともにアンカーパズルもいくつか復刻されており、タングラム、サーキュラーパズル、ハートパズル、コロンブスの卵、ラス・ブレーカー、ザ・ナインといったところが現在再び購入できるようです。

(参考:Anker Steinbaukasten Corporate History)


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凸多角形問題


 タングラムと数学の興味との接点の一つに切り継ぎ問題というのがあります。切り継ぎとは、ある図形を切り分けて別の図形に組み直すというもので、タングラムをはじめとしたシルエットパズルととてもよく似たテーマです。ただし、何でも組み直せばよいのでは収拾がつかないので、幾何学図形から幾何学図形への組み直しがメインとなります。タングラム等ではそれでも、一つのセットからかなりの種類の幾何学図形ができあがります。ならば、さらに凸多角形に限定したら、一体どれくらいの種類の形ができるでしょうか?
 ・・・というのがいわゆるシルエットパズルの凸多角形問題です。
 ちなみに、凸多角形というのは、平たく言うと凹みの全くない形で、私たちが普通に「三角形」とか「四角形」とか「五角形」と呼ぶような形です。もう少し正確には全ての内角が180° 未満の多角形、あるいは辺上の任意の二点を結ぶ線分が常に図形の内部にあるような多角形を指します。要するに穴の空いた形や楔形のようなものは除くということです。

 さて、タングラムの凸多角形問題ですが、これは実はすでに解決されていて、1942年に中国の数学者Fu Tsiang WangとChuan-chin Hsiungという方によって、全部で13種類であることが示されています。しかしまあどうやってそんなことが示されるのか、ちょっと気になるところです。その方法を少し調べてみましたので、以下、大まかにご紹介します。

>+++qZ

 まず、タングラムの全てのピースは最も小さな直角二等辺三角形、計16個に分割できることに着目します。この小三角形の短い辺の長さを、簡単のため1とします。タングラムで作った形は必ず、この小三角形16個を使って組み立てることができる筈です。証明は、小三角形16個を使って(具体的には大きさ1の格子にはめ込んでいくことによって)出来る凸多角形を全て求め、その中からタングラムで出来ない形を除く、という方針で進められます。

 では早速、小三角形16個を使って、凸n多角形が出来たとします。これは直角二等辺三角形の寄せ集めなので、その内角はどうがんばってみても 45° ,90° ,135° 以外の角度になることはありません。ここで、n個の内角のうち、45° の角がp個、90° の角がq個、135° の角がr個であったとすると、

p + q + r = n

という関係がまず一つ成り立ちます。次に、n多角形の内角の和を考えます。図形の縁を鉛筆でなぞるような場面を想像して、i番目の角でx(i)° 折れ曲がるとすると、内角の和は45p + 90q + 135r = {180-x(1)}+{180-x(2)}+…+{180-x(n)} と書けますが、これは多角形の縁を一周することを考えれば、x(1)+x(2)+…+x(n)=360ですから

45p + 90q + 135r = 180(n-2)

と書き直すことができます。ここで上の2つの式からrを消去すると、

2p + q = 8 - n

となって、 p,q≧0、 n≧3 より 3≦n≦8 であることが分ります。つまり出来上がる凸多角形は3〜8角形ということになります。あとは上の式を満たすp,q,nの組を地道に見つけていけば、次のような組合せが出来ることが分ります。



npqr
3 2 1 0
4 1 2 1
4 2 0 2
4 0 4 0
5 1 1 3
5 0 3 2
6 1 0 5
6 0 2 4
7 0 1 6
8 0 0 8


 これで次は辺の長さが分れば良いわけですが、ここで出来上がる多角形を表す為に、次のような図を考えます。



多角形ABCDEFGHは、a,b,c,d,x,yの長さを調節することで三角形から八角形までの凸多角形を表すことが出来ます。実際に確かめてみれば、先ほど求めた多角形も全て表せることが分ります。ただし、この多角形ABCDEFGHは、タングラムで作る以上、総面積は常に一定でなくてはいけません。冒頭で一番小さな直角二等辺三角形の短辺を1としていたので、総面積は 1/2×16=8 となり、多角形ABCDEFGHの面積 xy-(a²/2+b²/2+c²/2+d²/2)=8 という条件が導かれます。この式を整理すると

a² + b² + c² + d² = 2xy - 16

となります。この a,b,c,d,x,y は全て正整数です。各変数の大小関係を見てみると、a+b≦x, c+d≦x, a+d≦y, b+c≦y が言えるでしょう。形は x≧y≧2 で探せば十分ですので、こういった条件の下で上の式を満たす組合せをまた地道に探します。これは手作業だとかなり骨が折れますが、結局組合せは17種類見つかり、それぞれの組合せに相当する形は次のようになります。



最後の4つは実際にはタングラムのピースでは作ることが出来ないので、それを除いた13個がタングラムで作ることが出来る全ての凸多角形ということになります。

Zp+++<

 ついでながら、タングラムのように小三角形16個に分割できるシルエットパズルなら、最後の17種類の多角形までは同じものが求まることになります。これを利用して清少納言智惠の板で可能な凸多角形を求めてみると、タングラムと全く同じ13種類であることがわかります。と思ったら、清少納言智惠の板では厚さ1の長方形、平行四辺形、台形もできるので全部で16種類でした、不覚。あと、清少納言智惠の板では正方形の組み方が二通りあるのも特徴です。ピタゴラスでは少し様子が異なって、左列の1,7個目、中央列の2,4個目、右列の4個目を除く12個が可能な形になります。


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IVYパズルの凸多角形問題


 IVYパズルの凸多角形問題も、上のような方法で解くことができそうです。

 IVYパズルの各ピースの角度は主に60° と120° で構成されています。そのこと自体はさほど問題ではないのですが、2つの直角三角形のピースがあることで変数が倍近くも増えてしまい、一瞬解く元気が無くなります。最終的にはコンピュータでしらみつぶしに計算させるという力技に持っていくことになるものの、その段階までになるべく条件を洗い出して、待っていられる時間内に計算が終るくらいまで無駄を省いていくことが、IVYパズルの場合では大事なようです。

 さて、まあ先のことは置いておいて、とりあえずはタングラムの時と同じ様に、出来上がる凸多角形の内角の組み合わせを求めてみることにします。n凸多角形の内角の構成は、30° の角がp個、60° の角がq個、90° の角がr個、120° の角がs個、150° の角がt個であるとします。

p + q + r + s + t = n
30p + 60q + 90r + 120s + 150t = 180(n - 2)

∴ q + 2r + 3s + 4t + 12 = 5n
                        3 ≤ n ≤ 12

これを満たすように、正整数p,q,r,s,t,nの組を探すと、下のようになります。



npqrst
3 0 3 0 0 0
3 1 1 1 0 0
3 2 0 0 1 0
4 0 0 4 0 0
4 0 1 2 1 0
4 0 2 0 2 0
4 1 0 1 2 0
4 0 2 1 0 1
4 1 0 2 0 1
4 1 1 0 1 1
4 2 0 0 0 2
5 0 0 2 3 0
5 0 1 0 4 0
5 0 0 3 1 1
5 0 1 1 2 1
5 1 0 0 3 1
5 0 1 2 0 2
5 0 2 0 1 2
5 1 0 1 1 2
5 1 1 0 0 3
6 0 0 0 6 0
6 0 0 1 4 1
6 0 0 2 2 2
6 0 1 0 3 2
6 0 0 3 0 3
6 0 1 1 1 3
6 1 0 0 2 3
6 0 2 0 0 4
6 1 0 1 0 4
7 0 0 0 5 2
7 0 0 1 3 3
7 0 0 2 1 4
7 0 1 0 2 4
7 0 1 1 0 5
7 1 0 0 1 5
8 0 0 0 4 4
8 0 0 1 2 5
8 0 0 2 0 6
8 0 1 0 1 6
8 1 0 0 0 7
9 0 0 0 3 6
9 0 0 1 1 7
9 0 1 0 0 8
10 0 0 0 2 8
10 0 0 1 0 9
11 0 0 0 1 10
12 0 0 0 0 12


組み合わせは全部で47種類ありますが、これはこういうものかということが確認できればよいので、それほど気にすることもないでしょう。

 次に、肝心の凸n多角形の形状についてですが、これは下のような図を使って考えることにします。



形状を決める10個の変数x,y,u,v,a,b,c,d,e,fは全て正整数で構いません。ただし、直角三角形のピースの短辺の長さを1と考えます。上の図の濃い色で塗った部分が目的の凸多角形になりますが、この面積は全てのピースの面積の合計と同じでなくてはならないので、最終的には

2xy - (u² + v²) - (a² + b² + c² + d² + e² + f²) = 24

u ≤ (x + y - |x - y|)/2
v ≤ (x + y - |x - y|)/2
a ≤ {(x - u) + (y - v) - |(x - u) - (y - v)|}/2
a + b ≤ x - u
b + c ≤ u
c + d ≤ y - u
d + e ≤ x - v
e + f ≤ v
f + a ≤ y - v

という関係を満たしている必要があります。計算は 2 ≤ x ≤ y, 12 ≤ xy で行えば十分です。反転対称形や回転対称形はもちろん重複して数えないことにします。この段階でも計算できなくはありませんが、IVYパズルではもう一つ特別な条件

a + b + c + d + e + f = 0 or 2

が加わります。この条件は直角三角形のピースの長辺(斜辺ではなくて)にまつわるものですが、これのおかげで余分な計算はグッと減って、ついでに計算範囲の上限 x ≤ y ≤ 8 が簡単に定まり、断然見通しの良い結果を得ることができます。その結果が次です。



no.xyuvabcdefn
126000000004
227000002004
327020000004
427110001016
527110010016
627110010105
727110011006
827110100104
928020000024
1034000000004
1135020000115
1235020001016
1335021000017
1435021000106
1535021001006
1635110002006
1744020000024
1844020002005
1944220000006
2045040000004

上の図の、薄い色の輪郭線は、直角三角形ピースの長辺が接する部分です。あとはこの結果から組めないものを除けば完成ですが、実はこれら20個全て実際に組む事が出来ます。なので、めでたくこれで完成です!結局角数は最高で七角形までとなりました。意外にも三角形はできないんですね。



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